まつとしきかば【壱】

 天正三年に父が死んだ。
 父の死により、しをりの行く末は定められた。
 父の名と血を継ぐ事が、己が生きている意味なのだと。

 


 物心付く前に父を亡くしたしをりは、その後、家督を継いだ叔父に引き取られた。
 母の貌も知らない。

 主家の滅亡により、真田家は敵であった織田家の膝下に屈する事になったものの、本能寺の変で更に真田家は別の道を辿る。
 従兄の一人が上杉家へ人質として送られたのはこの頃だった。

 去っていく『兄』を泣きながら追いかけていこうとしたしをりを止めたのは、今一人の従兄で、何時まで経っても泣き止まないしをりの頭を優しく撫で続けてくれた。

「大丈夫。源二郎の事は心配しなくてもいいんだ。彼奴は強い奴だから、何処へ行こうがやっていける」
「でも……お兄様一人だけ可哀想。質なら、しをりが行くのに。どうして父上様はしをりを行かせてくれないの」
「しをり」
 長兄であり叔父の嫡男として既に認められていた源三郎は、その頃、既に二十歳になっていたが、叔父や次兄と違って普段は穏やかで優しい、物静かな青年だった。

「そういう訳にはいかないよ。……しをりがいないと真田の家は潰れてしまう」
 不思議な事を言うとその際は思っただけだったが、叔父や従兄にしてみれば、父の血筋こそを真田の正嫡として守りたいという思いが強かったのだろう。
 実際、それから程なくしてー兄源三郎信幸が徳川との戦に出陣する前にーしをりは源三郎と祝言を挙げて、従兄の妻となった。
 叔父であり舅となったひとの存念は分からなかったが、少なくとも夫は当時、死を覚悟していたのではないか、と思う。

 父も又徳川、織田両軍との戦いで命を落としたのだとは、叔父や祖母から何度も言い聞かされて育ったから、しをりも承知していたが、主家や父の仇を討つより、舅や夫、家の子郎党等が無事戻って来る事こそがしをりの望みであり、日夜亡き父母に向かって祈り続けていた日々であった。

 故に。
 父や夫にとっては不本意であったのかもしれないが、実質的に天下を統一し、朝廷からも豊臣という姓を下賜された羽柴秀吉を頼り、真田家が本領安堵を果たした事、皆が無事生きて、しをりや祖母、姑の元へ戻って来た事が嬉しかった。

 更に嬉しかったのは、源二郎が上田に戻って来た事だ。
 再び故郷を離れて上方へ行かねばならないとは聞いていたが、それでも幼い頃から共に育った従兄の帰国は、しをりにとって余りに変化し揺さぶられ続けている真田家が僅かでも元に戻るような、そんな錯覚を覚えさせたのだ。

「ご無事でようございました。お兄様」
 夫の許しを得て、久し振りに城下を案内するという理由で、源二郎と連れ立って外へ出る。
 幼い頃から、嫡男としての務めに忙しかった源三郎よりも、源二郎の方が良くしをりの面倒を見てくれた為、共に寄り添って歩くだけで懐かしく楽しい。

 源二郎はだが何処か暗く沈んだ笑みでしをりを見下ろした。

「お兄様は止めよ。今ではそなたが俺の姉上なのだぞ」
「あら」
「いや。俺も姉上に対してこのような口を聞いてはならぬなぁ」
 従兄の声音に、以前は無かった冷ややかさを感じ取りはしたものの、しをりは気にせず笑みを返す。

 他家ではきっと肩身の狭い、辛い思いをしたに違いない。
 本来ならば己こそが質として取られねばならなかったのに、としをりは思い、改めて源二郎に対して済まないという気持ち、同情だけでなく感謝に近い思いを抱いた。

「次は源二郎様の番ですね。良いお嫁様をもらって、御子を作って、真田の御家を盛り立てていかねば」
「それを言うなら兄上としをり、いや姉上の方が先だ。日々励んで早く俺に甥っ子の顔を見せてくれ」
 互いに擽ったい会話は早々に切り上げた。

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update : 2013-11-19[tu]

authored by ichimiya